労働法務の基礎知識
セクシュアル・ハラスメント(セクハラ)の定義・種類
セクシュアル・ハラスメント(Sexual harassment、以下においては一般的な「セクハラ」という言葉を用います。)とは、「性的嫌がらせ」を意味します。最も広い意味では、例えば強姦(刑法177条)、強制猥褻(同176条)という刑事犯罪にあたる行為から、民事上の不法行為にあたると判断されない単なるマナー違反まで含むこともあります。さらに、男性が女性に対して行う言動のみならず、男性が男性に、女性が男性に、あるいは女性が女性に対して行う言動まで含まれます。
しかし、本稿では、雇用機会均等法(正式名称「雇用分野における男女の均等な機会及び待遇の確保に関する法律」)11条1項に規定される、職場におけるセクハラに限定して述べることにします。
職場におけるセクハラとは、職場において相手(労働者)の意思に反して不快や不安な状態に追いこむ性的な言動起因するものであって、(1)職場において行われる性的な言動に対する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受けること、又は(2)職場において行われる性的な言動により労働者の就業環境が害されることを意味します(雇用機会均等法11条1項)。
“性的な内容の発言” | “性的な行動” |
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・性的な事実関係を尋ねること ・性的な内容の情報(噂)を意図的に流布すること ・性的な冗談やからかい ・食事やデートへの執拗な誘い ・個人的な性的体験談を話すこと など |
・性的な関係を強要すること ・必要なく身体へ接触すること ・わいせつ図画を配布・掲示すること ・強制猥褻行為 ・強姦 など |
職場におけるセクハラには、下表のように、「対価型」と「環境型」があります。
種類 | 対価型セクハラ | 環境型セクハラ |
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定義 | 職場において行われる性的な言動に対する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受けること | 職場において行われる性的な言動により労働者の就業環境が害されること |
内容 | 労働者の意に反する性的な言動に対する労働者の対応(拒否や抵抗)により、その労働者が解雇、降格、減給など(労働契約の更新拒否、昇進・昇格の対象からの除外、客観的に見て不利益な配置転換など)の不利益を受けること | 労働者の意に反する性的な言動により労働者の就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じるなどその労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じること |
具体例 | ・事務所内において事業主が労働者に対して性的な関係を要求したが、拒否されたため、当該労働者を解雇すること ・出張中の車中において上司が労働者の腰、胸等に触ったが、抵抗されたため、当該労働者について不利益な配置転換をすること ・営業所内において事業主が日頃から労働者に係る性的な事柄について公然と発言していたが、抗議されたため、当該労働者を降格すること |
・事務所内において上司が労働者の腰、胸などに度々触ったため、その労働者が苦痛に感じてその就業意欲が低下していること ・同僚が取引先において労働者に係る性的な内容の情報を意図的かつ継続的に流布したため、その労働者が苦痛に感じて仕事が手につかないこと ・労働者が抗議をしているにもかかわらず、事務所内にヌードポスターを掲示しているため、その労働者が苦痛に感じて業務に専念できないこと |
職場におけるセクハラに該当するか否か、「労働者の意に反する性的な言動」の有無、「就業環境が害された」か否かが争われる状況は多様であり、個別の事案に応じて具体的に妥当な判断を行う必要があります。この点、労働者保護の観点からは被害労働者の主観を重視すべきことになりますが、他方で、かかる判断は事業主の法的義務の要件となることから(さらには損害賠償責任の要件となることから(下記「職場におけるセクハラに該当することによる法的な効果」参照))、一定の客観的基準に従うべきこととなります。
一般的には、強い精神的苦痛を伴う意に反する身体的接触であるか等の性的な言動の違法性、性的な言動の継続性・頻度、労働者の明確な抗議の有無、労働者が被った心身の悪影響の重大性、等を斟酌して就業環境が害されているか否かを判断することになります。
また、性的な言動に対する評価は男女間の認識に大きな差異があるため、被害を受けた労働者が女性である場合には「平均的な女性労働者の感じ方」を基準とし、被害を受けた労働者が男性である場合には「平均的な男性労働者の感じ方」を基準とすることが適切であると考えられています。
直接的には、雇用機会均等法11条1項は、「職場におけるセクハラ」が生じることのないように、事業主に対して、労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の「セクハラに関し雇用管理上講ずべき措置」を講じる義務を課すにとどまります。そして、厚生労働大臣は,同条項に違反した事業者に対して同法29条に定める勧告をした場合において、その勧告を受けた事業者がこれに従わなかつたときは、事業者の名称とともに、その旨を公表することができます。
しかし、これにとどまらず、職場におけるセクハラにより被害を受けた労働者は、民法に定める不法行為を理由として、性的な言動を行った行為者(上司、同僚等)と事業主に対して損害賠償請求をすることができます。
他方、事業主が「セクハラに関し雇用管理上講ずべき措置」を適切に講じていた場合には、万一、職場におけるセクハラが発生してしまったときでも、当該事業者は上記の不法行為に基づく責任(使用者責任)を免れる可能性が高いと考えられます。
また、事業主が就業規則等において、職場におけるセクハラに係る性的な言動を行った行為者やこれを放置した者に対する懲戒に関する規定を設けている場合には、当該規定に従って、事業主はこれらの者に対して懲戒解雇、諭旨解雇、出勤停止、降格、減給、譴責、戒告、等の懲戒処分を行うことができます。
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